What is the water lines in the Netherlands ?
オランダのウォーターライン(洪水線)とは?



Illustrations: Lente(C)
オランダの主な防衛線

こまごまとした防衛線がもっと多く存在するが、とりあえず代表的なものを表記する。

1.オランダ北東防衛線
2.アイセル・ライン
3.マース・ライン
4.グりーブ・ライン
5.新オランダ洪水線
.(ニュー・ホランド・ウォーターライン)
6.旧オランダ洪水線
(オールド・ホランド・ウォーターライン
)
7.アムステルダム防塞線
(アムステルダム・ディフェンスライン)

8.デン・ヘルダー防衛線
9.ピール・レーム防衛線
10.19世紀中以前からの防衛線

文字色:
■19世紀中以前から
■19世紀中以降から
■20世紀から

20世紀の洪水線を表記の為、フレボランド州を含む現在の地図で作成してある。

ウォーターライン(洪水線)とは、オランダの豊富な運河や水資源、卓抜した治水技術を応用し、人工的に洪水を発生させて外敵の進入を阻むための軍事防衛線である。
要塞、砲台、堡塁、洪水地域となる干拓地(ポルダ-)、洪水用水門、洪水用水路、既存水路、既存水門、堤防、数々の運河などの水関係施設をネットワークで繋げ、外敵が近づけば水門を開け堤防を故意に決壊させるなどして、運河や河川から人工的に洪水を発生させる。
エリアごとに洪水線があり、古くはスペイン・ハプスブルグ家からの独立まで遡り、19世紀に強化され、新しいものは20世紀の東西冷戦中に設定された。

深さは平均40cmくらいの水位で、洪水設定地帯を水浸しにする。
膝丈くらいの水深は、歩兵や砲兵隊が進軍するには深すぎ、船舶で航行するには浅すぎる。国土の約4分の1が海面下というオランダの立地と、オランダの卓越した治水技術が生かされた作戦である。
深さ約40cmの水層は、見た目は浅い。しかし全ての地域が深さ40センチになっているわけではない。窪みも多々あり歩兵やが水中の溝にはまったり、と敵軍の通過をますます困難にした。
特に第一次世界大戦までは大砲が牛馬で運ばれていた時代であったので、浅いぬかるみに足を取られることは進軍を大きく妨げた。
ぬかるみから脱すべく陸地(洪水時の場合は堤防(土手)の上)に上がる。すると陸地である堤防のターニングポイントには、大抵要塞が設置されていて、上がった敵軍を迎撃する。洪水になった場合敵は堤防の上に上るしかない。そこを火器で狙い撃ちするのが目的であった。

しかし地形によって浸水不可能な高台があり、敵の侵攻を可能にする恐れがあった。
浸水地域間の陸地や重要な堤防の地点はアクセス・ポイントと呼ばれる。これらのアクセス・ポイントは、要塞やバンカー(第一次対戦時から)を建設することによって防衛が強化された。


Illustrations: Lente(C)

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図1 図2
オランダの主な洪水線は、アムステルダムのディフェンス・ライン、ニュー・ホランド・ウォーターライン、グリーブライン、アイセル・ライン等が挙げられる。
図2は、4つの代表的な洪水線である、第二次大戦位までのプランで、アムステルダム・ディフェンスライン、オールド・ホランド・ウォーターライン、ニュー・ホランド・ウォーターライン、グりーブ・ラインをアクティブにした時の洪水領域である。オランダ各主要都市は、北と西は海、南と東は河川と洪水線、というように水壁によって囲まれる。要は島国状態にするのである。19世紀後半からは殆どドイツ侵攻を意識したものとなった。

地理的要素と水量調節システムが築塞にも影響を及ぼし、各地のウォーター・ラインによってオランダ国土に軍事的な影響のある風景が形成された。
ホランド・ウォーター・ライン周辺は大抵美しい自然に囲まれ、サイクリングコースやキャンプ場などに組み込まれ親しまれている。また反面、3週間で国を水浸しに出来るという19世紀の人為的な洪水システムが、地球温暖化による洪水が起きた場合、やはりオランダ国土を水浸しにしてしまうという難点も抱える。オランダの地球温暖化に対しての取り組みは真剣である。

洪水線防衛は、現在もアクティブにしようと思えば出来るとのことである。
19世紀では3週間かかったが、20世紀では3日か4日で水浸しにできるそうである。
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