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オランダのシンタクラース

オランダの子供達が心待ちにしている聖人。その名はシンタクラース

シンタクラースの元は3世紀後半のトルコ方面の聖人、聖ニコラスと言われています。
シンタクラース・デイは12月6日で、もともとは聖ニコラスの命日だそうです。
オランダでは11月中旬のシンタクラースのオランダ到着がオランダ全土で派手にイベント化され、
そして各家庭では12月5日の前夜祭を祝います。

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11月中旬の、シンタクラースのオランダ到着(イントフト)



シンタクラースは11月中旬にお供のズワルトピートと共にスペインから蒸気船でやってきます。このイベントをイントフトといいます。
そして12月5日までオランダ各地を白馬に乗って行脚し、12月5日の夜にオランダのよい子たちにプレゼントを配るわけです。
行脚するシンタクラースの馬の為に、子供達は靴の中に馬の餌になる人参をいれ、5日になる前週の週末に暖炉の側に置く。
今は暖炉のある家庭が少ないので、ヒーターの下に置いたりします。また人参の他に、水、藁、角砂糖なども一緒に置く場合もあります。
土曜日に靴の中に人参をいれ、子供達は床に着きます。
翌朝、靴の人参がなくなってる。
「ああ、シンタクラースのお馬が食べたのね」という仕組みになっているわけです。

シンタクラースは杖と本を持っていて、本にはオランダのよい子たちがリストアップされています。
リストに載ってる子達にプレゼントを届けるのです。
よい子たちにはプレゼントを与え、悪い子たちには罰を与える。持ってる杖で叩いたり、スペインまで拉致したりするとのこと。
プレゼントをシンタクラースの指示で配達するのはズワルト・ピートの役目です。

聖ニコラスについてはヨーロッパ各地でも聖人として様々な形で認識されているそうです。
オランダでは、身請け寸前の少女や不幸な子供達を救ったりという伝説から、子供達の守護聖人として崇められ、
嵐を鎮めたという伝説から、海運の守護聖人として崇められるようになったそうです。
アムステルダム駅前の聖ニコラス教会も、この守護聖人にちなんでいます。
しかし、現在のシンタクラースの原型は、19世紀に作られた童話からだそうで、結構近代バージョンなんですね。

ピートに扮したチンドン屋さん シント・二コラスデイのお菓子
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イントフトにて
(ユトレヒト)
シント・ニコラスよりは
ピートの方が人気があります


なぜスペインから来るのか?

周囲のオランダ人をつかまえて色々聞いた話によると、
プロテスタントが誕生するまではキリスト教と言えばカトリックがメインでした。
もともと聖ニコラスはカトリックの聖人でした。
しかしオランダはスペインの支配を受け、カトリックのスペインに反抗する形でプロテスタントを支持。
アムステルダムでは16世紀、カトリック信仰が禁止されたくらいでした。
オランダ国歌の歌詞にまでスペインへの抵抗がちらりと顔を覗かせます。
なので、その頃の親達の脅し文句が、「悪い子はスペインに連れてかれちゃうぞ」だったそうで。

お供のズワルト・ピートですが、シンタクラースが服従させた悪魔だったとか、
ムーア人だとか、煙突の煤で黒くなったとか色々言われているが定かでなく、様々な諸説があります。

つまりいい子にプレゼント、悪い子に罰として杖で叩くとか、スペインにつれてってしまうなど、
お供に悪魔を連れ、スペインという地獄からやってくるシンタクラースは閻魔様みたいなイメージが・・・。
しかしそれは遠い昔のことで、現在は楽しいお供を連れ、プレセントをくれる素敵なおじいちゃまとしてオランダ中の子供達に大人気です。いや、子供だけでなく大人にも観光客にも人気者でしょう。
アムスのカウントダウンでも、「ウノ!ドス!」とかスペイン語を使って、思い切りラテン系のノリ。
大人も童心に帰って楽しむのです。

ズワルトピートの人種差別論

一時オランダでは「ズワルト・ピートは人種差別ではないか」というディスカッションが全国的に盛んになりました。
ズワルトとはオランダ語で黒だからです。
そのため、顔を緑に塗ったグリーン・ピートとか、白塗りにしたホワイト・ピートとか、妙なキャラクターが出現した時期もありました。。
今年は緑や白のピートを見てないので、ディスカッションは一段落したのでしょう。
しかし何だかんだ言って、ズワルトピートは子供達に人気があります。
子供達にお菓子をくれるし、気さくで愉快で大人が見てても楽しいし。
子供達はシンタクラースのオランダ到着の日に、シンタクラースやピートのコスプレをして蒸気船の到着を待つのですが
ピートのコスプレ率の方が圧倒的に高いですね。逆にピート人気が人種偏見を無くすことに大いに貢献していると思います。

シンタクラースの特別な食べ物は?

主にお菓子になる。七面鳥とかスペシャルなディナーはあまり聞いたことがないです。
お菓子は、ピートがよく配るのが、ぺパノーチェという小さなクッキー。その他スペキュラース、マジパン、など甘い物。
よく交換するのがアルファベットのチョコレート。送る相手の頭文字を選んで互いに交換したりプレゼントしたりします。
この季節になるとお菓子屋さんやデパートで頭文字チョコのコーナーがお目見えします。

今では国家イベント

現在のようなシンタクラースの到着イベントは、メディアでも中継され、行政も大いにバックアップしています。
シンタクラース到着の数日前から12月5日まで、シンタクラース・ジャーナルというニュース番組も毎日放映され、
シンタクラースとピート達の動向を伝えます。イントフトでは各都市の市長が出向えます。
このような大掛かりな形式になったのは、第二次大戦後からとのこと。
ピートはもともと一人でしたが、オランダを開放した駐留カナダ軍がこのイベントに協力したときに
何人もピート役をやりました。それがウケて現在のような多数のピート形式になったそうです。
2008年のアムステルダムのシンタクラース到着では、シンタ一人に対しピート600人。
ピート役をやる人達は、年齢性別全く関係ない。
みんな同じ格好と黒塗りをして、話してみないと男か女かわからないところも面白いものです。
そしてプレゼントは、大人になったら大人同士で交換したりします。
会社ではチョコレートの文字もふるまわれたりもします。
そしてメディアとは関係ないのですが、世界各国のオランダ人コミュニティでもシンタクラースのお祝いは毎年行われています。
結局オランダの子供だけでなく、オランダ人全員のイベントなのです。

シンタクラースはサンタクロースの元祖

現在日本でお馴染みのサンタクロースはアメリカ式で、1931年にコカコーラが販促の為に考案したキャラがもとになってます。
日本で今のようなクリスマスが広まったのは、やはり戦後の進駐軍の影響だそうです。
なのでヨーロッパ各地のサンタクロースとも微妙に違うのでしょう。

じゃあ、そのアメリカ式サンタはどこからきたのか?というと
オランダのシンタクラースが元になってるという説があるのです。
ニューヨークがまだニューアムステルダムだったころ、アメリカに渡ったオランダ移民によってシンタクラースがもたらされ、
やがてアメリカ式サンタになった、という一説です。

オランダでもクリスマスは重要な行事です。
最近は派手にパーティーを行う人々もいるそうですが、やはり聖夜として身内と過ごすのが一般的でしょう。
赤い帽子をかぶるのもよく見られます。クリスマスツリーも飾ります。
または、クリスマスハウスといって、小さな電飾のついたミニチュアの家を室内に飾ったりもします。
家の場合もあれば、キリストの誕生の馬小屋バージョンもあります。
そして家族や親戚で集まり、団欒ムードでまったりと落ち着いて過ごすわけです。

ではオランダで、アメリカ式サンタクロースの存在はどんなものなのか?
オランダではポスターや宣伝、デコレーションでは見たことあります。
しかし前述のように実際のクリスマスは、家族でキリストの生誕を祝って静かにディナーを取るのが一般的。
プレゼントは友人や身内で交換。特にサンタさんが持ってきてくれるわけでもないし、子供達は靴下も下げない。
現在はハリウッド映画やディズニーのアニメなどの影響でサンタさんの知名度もありますが、
「子供の頃クリスマスでサンタクロースを待った記憶が無いなあ。サンタはアメリカの不法移民だよ」
なんてシニカルなジョークを飛ばすオランダ人もいるほど。
もともと12月25日はキリストの誕生日なので、よく考えたらキリストの誕生日を忘れてパーティーだけしてる方が変かもしれないですね。
どっちかといううとサンタさんは、クリスマスムードを盛り上げる小道具、販売促進のポスターモデルみたいなステータスでしょう。

クリスマスは正月休みみたいなものと考えると(*´・∀・)イイ

12月はオランダの子供達にとって楽しみな月。シンタクラースのパーティーとプレゼント。クリスマスのパーティーとプレゼント。
シンタクラースにしてもクリスマスにしても、商売人には掻き入れ時でしょう。
街はネオンに彩られ、シンタクラースとクリスマスのプレゼント商戦は一ヶ月以上続きお店のディスプレイも華やか。
冬のどんよりした日々でも街を歩けば華やいだ気分になりますよ。

ちなみにオランダではクリスマスは25日と26日。殆どのお店は休業。
日本の正月休みのようなもので、「クリスマスは家族の元に帰ってリラックス」が一般的。
これはオランダだけではなくヨーロッパ諸国も似たようなものらしいです。






(C)2005 オランダの羊