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ルートヴィヒ2世ビールのコースター


ドイツ・バイエルン旅行
ールートヴィヒ2世縁の地を訪ねてー

2007年8月初旬から、ミュンヘン周辺の旅へ。
それまでケルン、ベルリン、アーヘンには行った事あったが、南ドイツ方面は初めてである。
この方面に興味を持った理由は、主にルートヴィヒ2世とワーグナーから。
この旅行の直前までバイロイト音楽祭のネット中継を毎日聞いていたので、ムードは益々高まる。
ルートヴィヒ2世については、シャン・デ・カールの本を読んで以来興味があった。
なので彼の縁の地を訪ねたいと思っていたのだ。

オランダのユトレヒトからスタートし、ICEでドイツへ。赤い星が実際に訪ねた場所である。
ICEという特急列車でユトレヒトからパッサウまで8時間、ミュンヘンまで6時間半。
見ての通り、ドイツの南部を集中旅。
ドイツ旅行と言うよりは、バイエルン旅行と言った方がいいかもしれない。
アルプス山脈周辺の地域はババリア地方と呼ばれる。
アルプス山脈を背後に控え、ハイジのような雰囲気の美しい村々が点在する。
そしてドイツ観光のハイライト「ノイシュヴァンシュタイン城」もこの地域。

ここの人達は今も「俺達はドイツ人じゃなくてババリア人だ」と言う。
バイエルンはミュンヘンを中心としたドイツ南部の州で、もともとはバイエルン王国という別の国だった。
そのためメンタリティーが北部ドイツ人とかなり違うとのこと。
ドイツ国旗よりもバイエルン国旗の方がよく飾られている。
そして「夢の王」ルートヴィヒ2世は19世紀、近世のバイエルン王。

wikipediaによると、
バイエルン人は独自のアイデンティティを有していると州外の者から言われ、彼らも自認している。
(「我々は『バイエルン共和国』である」と意識している)。
ドイツから独立するのではないかとしばしば言われており、
第一次・第二次大戦後には実際にそうした動きもあった。
また、地理的にオーストリアと近く、文化的にも共通性があって、
「ベルリンよりウィーンに対抗意識がある」といわれる。
ドイツ語方言の上でも、バイエルンの大部分とオーストリアではともに高地ドイツ語のバイエルン方言が用いられている。
カトリック教会が強く、また政治的には保守主義政党キリスト教社会同盟の牙城である。


確かにケルンやベルリンを訪れたときと雰囲気は違った。
人々は民族服も気軽に着ていて、民族服のブティックをよくみかけた。
それだけ自分の文化に誇りを持っているのだろう。
そしてとにかくビールを良く飲む人達。
ビアガーデンやビアホールもここの発祥の地。
そして世界的に有名なビール祭り、「オクトーバーフェスト」も、
バイエルンの都ミュンヘンで開かれることも有名である。

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個別リンク

プロローグ:ルートヴィヒ2世について

第1日目:ユトレヒトからケルンを経てパッサウ
第2日目:パッサウからブルグハウゼン
第3日目:ホーエンシュワンガウ城
第3日目:ノイシュヴァンシュタイン城
第3日目:湖のコテージ
第4日目:テーゲル山頂
第4日目:リンダーホフ城(1)
第4日目:リンダーホフ城(2)
第5日目:ベネディクト16世の生家とパッサウ郊外の村祭り
第6日目:パッサウからミュンヘン
第7日目:ニンフェンブルグ城(1)
第7日目:ニンフェンブルグ城(2)
第7日目:ニンフェンブルグ城(3)
第8日目:シュタルンベルガー湖の十字架とベルク
第8日目:ポッセンホーフェン城
第8日:薔薇島(ローゼンインセル)
第9日目:レジデンツ宮殿
第10日目:ヘーレンキームゼー城
第11日目:ミヒャエル教会のルートヴィヒ二世の棺、アザム教会、帰宅


参考URL: wikipedia バイエルン王国

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